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フルートと譜面

藤 美智子(とうみちこ)のFlute Story

今のレッスンスタイルにたどり着くまでの、

私のフルート人生を綴りました。

音楽との出会い、挫折、そしてニューヨークでの修行。

なぜ「身体の使い方」をこれほど大切に伝えているのか

その原点となった物語です。

私がフルートを通じてお伝えしたい

「表現の喜び」の根底にある想い。

もしご興味があれば、ぜひ覗いてみてください。

🪈 音楽の原点

〜 泣きながらピアノを辞めたあの日 〜

私の音楽人生は音楽好きの両親から勧められた「ヤマハ3歳児ランド」から始まりました。小学生からは、お友達のお母さんでもある近所の先生のもとでピアノを習い、発表会や学校での歌の伴奏を楽しむ日々。発表会では、上手なお姉さんたちがとても素敵に見えて、同じ舞台に立てることを嬉しく思っていましたし、目標に向かって一曲を仕上げる満足感は、私にとって大きなご褒美でした。小学校では、朝の会や帰りの会でクラスで歌を歌う習慣があり、その時に伴奏をするのがとても楽しくて好きでした。学級歌の作曲をして投票で一位に選ばれたりするなど、この頃すでに音楽は私のアイデンティティーの一部になっていたのだと思います。しかし中学生になり、塾との両立で譜読みが追いつかなくなりました。「このままでは音楽を楽しめない」という葛藤の末、泣きながら先生に辞めることを伝えた日のことは忘れられません。

 

🪈 フルートとの出会い

〜 音は「スカスカ」からのスタート 〜

生活から音楽が消えた寂しさの中、ピアノの先生が仰った「ピアノじゃなくても音楽は続けてほしいな。叔母さんもフルーティストだし、やってみたら?」という言葉を思い出します。当時リコーダーが好きだった私は、「単旋律なら譜読みも楽なはず!」と少し安易な気持ちで両親に相談。中1の秋、初めてフルートを手にしました。優雅で素敵で持ち運べる楽器を、文字通り胸に抱え、先生のお宅へご挨拶に行った日のドキドキ。思った通り単旋律の譜読みは楽勝でしたが、うまく持てない、息が続かない、音はスカスカ……。最初の頃はレッスン中に酸欠でソファに倒れ込むほどでした。 誰もが通る道を、私は人より長く、じっくりと耐えました。中学3年生の時、当時地元の福岡では開催がなかった中学生部門のコンクールに挑戦するため、東京へ。そこで目にしたのは、同世代の高い演奏レベルと、ステージ上での堂々とした振る舞いでした。「フルートってこんなにかっこよく吹けるんだ!」と、一気に視界が開け、同年代の活躍に強烈な刺激を受けたことが、フルート人生の大きな転機となりました。

 

🪈 勉強とフルートの両立

〜 コロラド州アスペン音楽祭での転機 〜

中学生の頃は音楽の道に進む想像ができず、塾に通っていたこともあって進学校へ。転機は高校2年生の時、フルーティストである叔母に誘われ、アメリカの「アスペン音楽祭」を訪れたことでした。NYに住むこの叔母の存在は、私の人生において非常に大きなものでした。初めて吸う海外の空気、音楽とフルート中心の毎日。日本から参加していた同世代の奏者たちとの交流はすべてが刺激的で、「どうすればフルートが上手くなれるのか」と、本気で自分の将来を考え始める大きなきっかけとなりました。

🪈 大きな挫折

〜 音大不合格が教えてくれた「覚悟」〜

「お前はフルートを吹いている時が一番いい顔をしている」という音楽の先生の言葉に背中を押され、音大受験を決意。「自分の得意なこと、興味のあることで生きていきたい」という純粋な思いを胸に、急ピッチで準備して桐朋学園大学を受験しましたが、結果は不合格。それまでの人生で初めて、悔しさで泣き崩れました。でもこの時、「音楽で生きていく」という本当の覚悟が固まったのです。

 

🪈 NY修行の日々

〜 1日8時間の猛練習で掴んだ「音の定義」〜

 

大学不合格の翌日、ニューヨークで活躍するフルーティストの叔母から「特訓するからこっちへおいで」と声がかかり、翌週にはNYへ。1日8時間を超える猛練習に明け暮れました。 午前は4時間の基礎練習、午後のレッスン、そして夜まで続く自主練習。練習中には、キッチンにいる叔母から「その音程低い!」という鋭いアドバイスが飛んでくるほど、生活のすべてが音楽に直結していました。空いた時間も名曲を聴き漁る、まさに音楽漬けの毎日。 この時、呼吸と音に全神経を集中させた経験が「音が良くなれば、表現の幅が広がる」という確信に繋がり、現在の演奏と指導の原点となっています。

🪈 桐朋オーケストラ時代

〜 アンサンブルの悦びと葛藤 〜

 

NYでの修行が実を結び、二度目の受験で桐朋学園大学に合格。1年遅れてスタートラインに立った喜びは束の間。また猛練習の日々がスタートしました。古い校舎で、授業以外の時間には弦楽器の学生も管楽器の学生も、廊下に譜面台を置いて練習していたものです。そんな中、狭き門である学生オーケストラのオーディションに挑み続け、3年間その舞台に立ちました。優秀な弦楽器の音色に包まれる幸福感は、何物にも代えがたい喜びでした。同時に、プロを目指す中でのスキル不足やプレッシャーと真剣に向き合った、濃密な時間でした。

 

 

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🪈 全国のステージへ

〜 フリーランスとして 〜

大学卒業後、プロのオーケストラ奏者を目指して富山のアカデミーへ。拠点である東京と深夜バスで往復しながら、さらなる研鑽を積みました。次第に活動の場は全国へと広がり、都内をはじめ大阪、兵庫、福岡、石川など、各地のプロオーケストラから客演(エキストラ)として招かれるように。 フリーランスとして現場を駆け回る中で、演奏技術はもちろん、プロとしての振る舞いや現場での人間関係など、実践的な経験を積み上げた大切な時期です。またこの時期には、他にも映画音楽やゲーム音楽のレコーディング、音楽番組の収録、アーティストの全国ツアーにも参加するなど様々な経験をさせて頂きました。

 

🪈 「伝える」ということ

〜 ヨガの知恵をフルートに昇華 〜

 

これまでに、カルチャーセンターや楽器店などで数多くのレッスンを担当。また、現在も中学校や高校の吹奏楽部のコーチとして学生たちの指導にあたっています。教え始めた当初は感覚を言葉にすることに苦労しましたが、300人を超える生徒さんたちと真剣に向き合う中で、自身の奏法を誰にでも伝える言葉選びが磨かれました。現在はその豊富な現場経験を活かし、後進の指導に尽力。全米ヨガアライアンス(RYT200)の資格を保持し、ヨガの視点を取り入れた「負担のかからない姿勢」や「深い呼吸法」を提唱しています。一人ひとりの身体特性に合わせた無理のない音づくりをサポートし、「見えない息をイメージしやすい」「理想の音が鳴る」との定評をいただいています。教室には、譜読みを始めたばかりの小学生、吹奏楽に励む中高生から、30代の初心者、経験を積んだ60代、そしてリタイア後の趣味を楽しむ70代まで、幅広い世代が通って下さっています。中には17年継続されている方もおられ、皆さんフルートとの関わり方もそれぞれです。初めての方は変な癖がつくことなく真っ直ぐに。経験者の方は「これまでよりずっと楽に吹ける」「音の出し方がやっと理解できた」と、長年の悩みから解放される喜びを口にされます。指導実績は、部内のオーディション合格やスケール大会優勝をはじめ、「日本クラシック音楽コンクール本選出場」「吹奏楽連盟主催アンサンブルコンテスト金賞受賞」など、目に見える成果を出す生徒が続出中。

ひとつひとつの経験が、今の私の宝物です。 私自身も、より良い音を求めて研究は続いているので発見もあります。 あなたがフルートで体験できる音楽の世界が広がりますように。

NYの叔母の家の庭で
NYに雪が降った4月 リスもいたお庭で
NY修行中にカーネギーホールへ
カーネギーホールの前で
秋山和慶先生と
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